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最高裁判所第一小法廷 昭和47年(オ)268号 判決

主文

本件上告を破棄する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人杉谷義文、同杉谷喜代の上告理由第一点について。

原審が適法に確定したところによれば、被上告人は、肩書住所地において、四四台の営業車と九〇余名の従業員を使用してタクシー業を営む会社であり、本件自動車も被上告人の所有に属していたものであるが、昭和四二年八月二二日本件自動車は、その当番乗務員が無断欠勤したのに、朝からドアに鍵をかけず、エンジンキーを差し込んだまま、原判示のような状況にある被上告人の車庫の第一審判決別紙見取図表示の地点に駐車されていたところ、訴外川口は、被上告人とは雇傭関係等の人的関係をなんら有しないにもかかわらず、被上告人の車を窃取してタクシー営業をし、そのうえで乗り捨てようと企て、同日午後一一時頃扉が開いていた車庫の裏門から侵入したうえ本件自動車に乗り込んで盗み出し、大阪市内においてタクシー営業を営むうち、翌二三日午前一時五分頃大阪市港区市岡元町一丁目四五番地附近を進行中、市電安全地帯に本件自動車を接触させ、その衝撃によつて客として同乗していた上告人に傷害を負わせた、というのである。

右事実関係のもとにおいては、本件事故の原因となつた本件自動車の運行は、訴外川口が支配していたものであり、被上告人はなんらその運行を指示制御すべき立場になく、また、その運行利益も被上告人に帰属していたといえないことが明らかであるから、本件事故につき被上告人が自動車損害賠償保障法三条所定の運行供用者責任を負うものでないとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同第二点について。

おもうに、自動車の所有者が駐車場に自動車を駐車させる場合、右駐車場が、客観的に第三者の自由な立入を禁止する構造、管理状況にあると認めうるときには、たとえ当該自動車にエンジンキーを差し込んだままの状態で駐車させても、このことのために、通常、右自動車が第三者によつて窃取され、かつ、この第三者によつて交通事故が惹起されるものとはいえないから、自動車にエンジンキーを差し込んだまま駐車させたことと当該自動車を窃取した第三者が惹起した交通事故による損害との間には、相当因果関係があると認めることはできない。

前示のように、本件自動車は、原判示の状況にある被上告人の車庫に駐車されていたものであり、右車庫は、客観的に第三者の自由な立入を禁止する構造、管理状況にあつたものと認められるから、被上告人が本件自動車にエンジンキーを差し込んだまま駐車させていたことと上告人が本件交通事故によつて被つた損害との間に、相当因果関係があるものということはできない。そして、この判断は、本件において、次のような事実、すなわち、被上告人は、本件自動車が窃取された約二〇日前である昭和四二年八月一日午前二時頃にも、エンジンキーを差し込んだまま本件自動車の駐車地点とほぼ同じ場所に駐車しておいたままタクシー車が窃取されたうえ乗り捨てられたという事実があつたが、盗難防止のための具体的対策を講じなかつたこと、被上告人の営業課長浅倉秀雄は、本件自動車が窃取される前、すでに、エンジンキーが差し込まれたままの状態にあつたことを知つていたが、そのまま放置していたこと、また、被上告人の当直者のだれもが本件自動車が窃取されたことに気付かなかつたこと等の事実が存し、被上告人の本件自動車の管理にはいささか適切さを欠く点のあつたことが認められることを考慮しても、左右されるものとはいえない。

したがつて、被上告人が本件事故につき民法七一五条の不法行為責任を負うものではないとした原審の判断は,正当として是認することができる。右判断に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤林益三 裁判官 大隅健一郎 裁判官 下田武三 裁判官 岸 盛一 裁判官 岸上康夫)

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